天下の酒名は徳川家の葵紋に由来します。ここでは、葵と深い関係にある賀茂神社および徳川家、そして遠州山中酒造の葵をめぐるお話をご紹介します。

 葵、それは神と出逢う植物

京都三大祭りのひとつ、葵祭。正式には賀茂祭(かもさい)といい、京都最古の神社に数えられる上賀茂神社および下鴨神社の祭礼です。平安時代に「まつり」と言えばこの賀茂祭のことを指すほどに、古より都人にとって重要な祭礼でした。この祭りのシンボルとなる植物が葵です。両神社のご神紋は二葉葵(フタバアオイ)であり、祭礼の際、関係者は葵を身につけたり、家屋に飾ったりし、その伝統は今に受け継がれています。

 

では、そもそもなぜ葵は神聖視されるようになったのでしょうか。歴史をたどるとおよそ2600年以上前までに遡ります。上賀茂神社のご祭神であられる賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)は、神社近くの神山(こうやま)に葵を飾ったことでご降臨になられたと伝わっています。これにより葵は神様のご出現を仰ぐ聖なる草となりました。

 

欽明天皇の御世、凶作と疫病により国が大いに乱れ、卜い(うらない)によって神様に解決の道をお伺いします。その際のお告げが「葵を飾り馬を走らせてまつりをせよ」というもの。すなわち、上賀茂神社の神様がご降臨になられた時と同じことをせよと。急ぎ丁重にとり行ったところ、作物が実り、国内は穏やかさを取り戻したと伝えられています。これが葵祭の起源となります。

さて、葵は源氏物語や枕草子などの平安文学にもしばしば登場します。例えば枕草子の「草は」の段の一節に、「葵、いとをかし。神代よりして、さるかざしとなりけむ、いみじうめでたし。」とあります。現代語にすると「葵はとてもいい。神代の昔から賀茂祭のかざしとなっているのは、実に素晴らしいことです」といった意味で、当時の人々に敬愛された植物であったことがここからもうかがえます。また、葵は仮名で「あふひ」と書き、神様に「逢う」と解釈されました。さらには人同士の出逢いにまで解釈が広がっていき、葵は和歌の掛詞としてもたびたび取り上げられています。

神と人を結ぶ葵。人と人を結ぶ葵。まさに「葵」のお引き合わせにより、「葵天下」の遠州山中酒造は上賀茂神社とご縁をいただきました。有難いことに特別祈祷および二葉葵の株分けまでしていただき、私どもは葵天下をご奉納させていただいたことは幸甚の至りです。

 

徳川家の家紋は水戸黄門の印籠でお馴染みの三葉葵です。私どもの酒蔵がある遠州は徳川300年の歴史にゆかりの深い地であり、これにあやかり代表銘柄に葵の名を戴いております。

ところで、徳川家はなぜ家紋に葵を選んだのでしょうか。ここでも前述の上賀茂神社が深く関係しています。三河国の松平家や本田家は賀茂社を信仰しており、そのご神紋である葵を家紋としていました。松平家の流れを汲む徳川家は、二葉葵(フタバアオイ)の意匠を変え、「丸に三つ葵」を家紋とします。家康は威厳を高めるため、三葉葵に限らず葵紋の他家での使用を固く禁じました。ちなみに、実際の二葉葵に三つ葉のものは滅多に存在せず、三葉葵は架空のものと言われています。

 

葵が結ぶ上賀茂神社と徳川家

「葵使(あおいつかい/あおいのつかい)」という儀式をご存知でしょうか。1610年、上賀茂神社は駿府城の徳川家康に葵を献上。これを始まりとして、葵使の使節が毎年江戸城まで足を運び、境内に自生する葵を徳川将軍家などに献上するようになりました。神社としては徳川家との関係を維持することで、多額の費用がかかる社の普請を支援してもらう意味合いがあったと思われます。一方、徳川家としては由緒ある上賀茂神社との特別な結びつきを示すことで、自らの権威を揺るぎないものにする狙いがあったことでしょう。

 

葵使の儀式は大政奉還とともに長らく途絶えていましたが、2007年、140年ぶりに復活。徳川家康の命日に合わせ、家康を祀る静岡市の久能山東照宮に上賀茂神社から葵が献上されました。この儀式は例年4月に開催される「静岡まつり」の中に組み入れられ、その文化を現代に伝えています。

 

葵プロジェクトに賛同

葵祭に欠かすことができない葵は、近年、減少しつつありました。これを心配した市民の方々がそれぞれに葵を育て、神社に奉納。こうした取り組みからスタートしたのが「葵プロジェクト」です。2010年には「NPO法人 葵プロジェクト」が上賀茂神社の社務所の中に設立され、そして2020年より「一般財団法人 葵プロジェクト」となって活動されています。

このプロジェクトは当初、京都市立上賀茂小学校において生徒の皆さんに育ててもらうことから始まりました。すると翌年には葵は三倍に増加。その評判から、近隣の小学校、他県の小学校に次第に広がっていき、今では中学校や高等学校にも、さらには環境に関心を寄せる企業にも広がりを見せています。

葵を育てることによって、古からの文化を守り、大切な自然を次の世代に継いでいく。遠州山中酒造もこの取り組みに賛同し、上賀茂神社から株分けしていただいた葵を大切に育てております。その成長の記録を弊社ホームページにて随時報告させていただきますので、折々ご高覧いただければ幸いです。